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第430回 病院事業を経験して思うこと

2013年7月5日更新

掛川市健康福祉部付参与 松浦 成夫

行政に奉職して41年になりました。この間通算10年、病院事業に携わる機会を得ました。そして、奇しくも今春4月末、先輩職員の労苦によって継承されてきた掛川市病院事業の54年間の歴史に、病院事務局長として幕を引かせていただきました。
初めて病院事業に携わったのは、平成4年4月でした。それまで20年間、土木課、総務課、都市計画課、区画整理課、税務課を経験し、どんな業務も行政に優劣はなく、常に市民の立場で物事をとらえ、前向きにかつ誠実に努力すれば、自らに課せられた職務に出来ないことはないと思っていました。そんな少々自信過剰気味な時に、病院事業へ配属されました。転任後3ヶ月くらいは、今まで経験したことのない劣等感のようなものに襲われたことを覚えています。
24時間・365日、医師であることを宿命とし、一途に一心に手術に挑み、また患者と向き合うスーパードクターが、時々メディアに登場します。まさに愛365日、病気の不安や痛みを和らげてほしいと願う患者に、また愛する人を助けてほしいと藁をもすがる家族の願いに対し、最善を選択して自らのベストを尽くす医師や看護師、技師たちを目の前にしながら、一緒に救急当直業務を重ねているうちに、これこそが行政事務の粋ではないかと思うようになりました。

手術着を着て手術をしている様子の画像

病院広報マンを担当したこともありました。病院内で既に行われていた生体腎移植に驚き、このことを多くの市民に伝えたくて、5時間を超える手術最前線の始終を取材したこともありました。移植されたドナー(提供者)の腎臓に、レシピエント(患者)の血液が循環すると、血の気のなかった腎臓はピンク色に染まり、ポタリポタリと尿管から尿が滴り始めたときには、生命の神秘と医学の偉大さに感動しました。今日でも、その記憶は鮮明によみがえって来ます。

 

昔も今も、行政事務職員は、自分には病院の仕事は向かないと思う節があり、病院への配置転換を望まない職員が多数だと思います。しかし、私は、病院事業を10年経験した今、行政に情熱を傾ける多くの職員に対して、次のことを言いたいと思います。
「住民が求める最善の医療サービスに対してベストを尽くし、その対価として診療報酬を頂くという病院事業こそ、まさに地方自治の本旨『住民の福祉の増進のために最小の経費で最大の効果を挙げなければならない』を体現する行政事務そのものです。」と。
「市民の誇りと安心は、市立病院の立派さから産まれます」「掛川市の信頼は、市立病院の信頼に負うところが大です」とは、病院事業管理者である市長が職員に向けて発せられた言葉です。当時も現在も市長は、病院事業を市政の要と位置づけていました。1年のうちには数回、病院に見えて職員に講話をされました。その講話の中には、いつもそんな励ましの言葉が入っていたことを思い出します。そのような行政事務に携わることができたことを誇りに思います。
新しい中東遠総合医療センターについても、医師をはじめ看護師、技師、事務職員、外部委託従業員などすべての人々が希望と誇りを持ち、そしてチームワーク良く、最善の医療を追求して行ってくれることを心から願います。

道路側から撮影した病院の画像

病院前に職員が並んだ記念写真

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