掛川市大須賀支所長 平野功一
「さなぶり」という言葉をご存知でしょうか?
今年も大須賀大渕地区で6月22日(日曜日)、小中学生の子どもたちが深夜に豊作や家内安全を祈願したり、厄払いをしたりする伝統の民族行事「さなぶり」が雨天のなか行われました。
この行事は、東大谷区を除く大渕の8地区で昔から毎年田植えが終わった頃の6月中・下旬の日曜日深夜に一斉に行われています。
軒先で竹を振り厄払い
さなぶり当日、深夜午前1時頃から「鉦たたき」の鳴らす鉦の音を合図に、子どもたちが所定の場所へ眠い目をこすりながら集合します。そして、最上級生の「親方」と呼ばれるリーダーの指示で何班かに分かれ、深夜から明け方まで、紙垂(しで)をつけた若竹を持った子どもたちが、「ねんねこやいと・ほーらやいと」など各地区独特のことばを唱えながら、家の軒先を竹で払い、厄払いをします。これを受けた各家では、お礼として子どもたちにお金(500円以内)を渡します。
このお金は、後から親方が年齢や役割(鉦たたき、笹拾いなど)に応じて配分されます。ちなみに、昭和初期までは、お金ではなく粗麦(あらむぎ)などをもらい、町まで売りに行き換金したそうです。
送り神神事など様々な説
一般的に「さなぶり(早苗饗)」とは、田植えを終えた祝いのこと。本来は田の神に感謝し、豊作を祈願するためのもので、田で働いた人たちの骨休みの日ともとれる行事です。
しかし、大渕地区で「さなぶり」と言えば、子どもたちの伝統行事と考えられ、これは、本格的な夏を迎える前に厄を払う送り神神事の意味が強いと言われています。
この他に、悪い虫を払うという説や五穀豊穣を祈る豊作祈願、迎えた田の神を農作業終了後に天へ送るなど、多くの言い伝えや名残もあります。
行事を終えた後は、笹竹を近くの川や海などに納めますが、納めに行った帰りには、絶対後ろを振り向かないそうです。
女の子も参加
昭和初期の頃は、鉦を鳴らす「しゅ木」を毎年作ったり、鉦を海岸や河口で砂と若苗で磨いたりする地区がほとんどだったようですが、今ではこれらの作業の一部を簡素化する地区が多くなりました。しかし、それ以外は当時とほとんど同じように続けられていて、麦がお金に変わったくらいのようです。
ただ一つ、大きく変わったことは、女の子も参加できるようになった地区があります。これは、行事を継承していく子どもの数が減少したことが大きな要因となったようです。
いつまでも伝承してほしい
失われる文化がある中、600年ほど昔から続いているこの「さなぶり」は大渕地区でしっかりと根を張り、今も昔と変わらない方法で続いている伝統文化です。
これからも地域が一体となって子どもたちを支えながら、地域ならではの歴史・伝統・文化として大切に伝承していきたいものですね。
各地区の唱えことば
- 岡原区、藤塚区、野中区
「ねんねこやいと・ほーらやいと」 - 野賀区
「ちゃんちゃこやいと・ほーほらやいと」 - 新井区
「ほーらやいと・ねんねこやいと」 - 中新井区
「ねんねこやいと・ささやいと・おおぶりやいと・ささやいと」 - 浜区
「ねんねこやいと・ほーほらやいと」 - 雨垂区
「おくりがみのかんじんや・かねにいっぱいおくんなさい」