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第552回 身近な美術館に

2015年7月28日更新

掛川市学務課長 中山弘一

6月に掛川ステンドグラス美術館が開館し、「来館者が多く、良いスタートを切れた。」と新聞等で報道されていました。

美術館では、絵画、彫刻、工芸品、写真など様々なアートが待っているだけでなく、驚きの建築空間や静かな庭園、カフェ、グッズを販売するショップがあったりと、展示の美術作品は勿論、建築そのものなどを楽しむこともできます。

掛川市内にも建築そのものを楽しむことのできる、有名建築家の設計した美術館があります。

一つ目は、『資生堂アートハウス』です。設計は高宮眞介・谷口吉生両氏で、1978年(昭和53年)に建築され、1980年には日本建築学会賞を受けている素晴らしい建物です。

工場敷地の一角でありながら、芝生の公園のようなところに建っています。外観はタイル、ガラス、コンクリートで構成され、築37年も経ったと感じない、シャープで洗練された建物です。

平面は正方形と円を並べた幾何学的なものですが、谷口氏は設計のとき資生堂の方から「上から見ると資生堂の『S』に見える・・・」と言われて、はじめて気づいたそうです。

室内の展示スペースは、平面同様、四角い展示スペースと円形の展示スペースで構成され、床はスキップフロアーでスロープと階段で上下します。四角い展示スペースには窓がなく薄暗い空間に絵画が展示され、円形の展示スペースにはガラス窓からの自然光が十分に入る明るい空間に彫刻などの立体造形物が展示されています。それぞれの空間の光の違いが、作品を鑑賞するのに最適な環境にしていると思われます。

この床の高低差と明暗の変化による豊かな建築空間を味わうことができる、この建物に是非触れてみてください。

谷口氏の名言のひとつを紹介しておきます。ニューヨーク近代美術館(MoMA)の増改築の設計をしている谷口氏は、この美術館館長に「偉大な建築家は建築を消すことができる。最後に残るのは光と空間だけです」と言っているそうです。

円形型の建物と出入口の前に1本の木が目を引く資生堂アートハウスの写真
『資生堂アートハウス』

緑の芝生の間を通ってアートハウスへと続くアプローチの写真
『アートハウス』のわくわくするアプローチ

 

アートハウスの玄関横に、迫力ある馬のブロンズの巨像の写真
『アートハウス』の玄関横にあるブロンズの巨像
「後ろ脚で立つ馬」

アートハウスの一面のガラスに停まっていた新幹線の姿が写っている写真
『アートハウス』のガラスに映り込む新幹線

 

二つ目は、ねむの木こども美術館です。ねむの木にはふたつの美術館があります。

そのひとつが、『緑の中』と呼称している美術館です。設計は坂茂(ばん・しげる)氏で1999年に建築されたものです。呼称のとおり緑の谷間に建っており、平面は敷地に合うよう正三角形をし、アートハウスと同様に幾何学的です。また、ガラスや鉄骨など工業的な素材を使用していることもあり自然との対比も面白いモダンな建物です。外壁は床から天井まで全面ガラス張りであるため壁の存在がなく、鉄骨の細い丸柱の連立だけが見えるため、屋根が浮かんでいるように見えます。屋根はペーパー・ハニカム三角格子構造という特殊な架構で、水平な屋根をFRP折板で葺き、格子にPVC(合成樹脂)膜材が張ってあります。このペーパー・ハニカムは名前のとおり紙でできています。(以前は格子の小口から紙であることがはっきり確認できたのですが、今は小口がカバーされていますので残念ですが確認は難しいです。)坂氏は、阪神大震災時の紙管を壁材にした仮設住宅、消失した教会を紙管を使い再建、また、ハノーバー国際博覧会日本館は閉会後の産業廃棄物を最小限に抑えることの一つの方法として紙管アーチで設計するなど『紙の建築』で知られた建築家ですので、この建物にペーパー・ハニカムを使用することも紙の可能性を知っているからでしょう。

この建物は上記のような造りのため、展示スペースには床を除く外壁及び天井の全面から自然光が入ることになりますが、このことは坂氏が「緑を背景に絵が観れたら」「自然光だけで絵が観れたら」と提案したことで実現したとのことです。

この自然光が溢れ、建物の内外が一体となった建築空間が味わえ、また特殊な構造も観ることのできる美術館『緑の中』へも足を運んでみてください。

言い忘れましたが、写真でもお分かりのように、赤く塗られた円形ボックスが半分室外に飛び出しているように配置されていますが、何の部屋でしょうか。この赤いボックスに入ってみてください。

森を背景に、ねむの木こども美術館の白い屋根と赤や黄色の展示物が引き立つ自然豊かな場所の写真
ねむの木こども美術館「緑の中」

「緑の中」の外壁が透き通っているので開放感がある美術館の写真
「緑の中」の透き通った外壁

 

もうひとつは、『どんぐり』と呼称されている美術館です。設計は藤森照信・内田祥士両氏の設計で2006年に建築されたものです。『緑の中』とは600メートルほど離れたところにあります。敷地は、背後に崖のあるなだらかな芝生の斜面地であり、建物はこの崖・斜面の土の中から出てきたように建てられています。

外観は、藁を塗り込んだ白い漆喰の外壁、「きのこ」の様な「どんぐり」の様な変わった銅板の屋根と崖から伸びる芝棟(屋根のテッペンに草を植える)の屋根で、可愛らしい暖かみのある建物に見えます。前記のふたつの美術館とは様相が違います。皆さんもご存じのとおり、藤森照信氏は1997年に秋野不矩美術館を設計した建築家でありますが、そのときの講演で「建築と自然の関係は、建築が如何に自然に身を寄せるかであり、『寄生』の関係だ。『共生』というのは、おこがましくて、嘘臭い。」と主張していましたが、このことが思い出されます。

入館は、どんぐり屋根の下の受付を通り過ぎると、またすぐに外に出され、なだらかな芝生の斜面の小道を敷地と建物の関係を味わいながら行くと、展示室の入り口があります。まず、ひとつ目の展示室は床がフローリング、壁と天井がコテむらのある白い漆喰仕上げで、天井はあまり高くなくアール天井です。室内に4本の荒削り(チョウナ仕上げのような)の柱が屋根を支えているかのように建っています。次に、天井の低い通路(小展示スペース)を通り、ふたつ目の展示場に入ります。ここは床、壁、天井全てが真っ白。平面は四角でも円でも楕円でもなく不整形で、壁と天井は境がなく曲線を描きながら一体となっています。ここがどんぐり屋根の中であり、屋根の形状がそのままは内部空間となっています。何か優しく包み込まれたようなとても気持ちが良い空間で、生き物のお腹の中に入ったような今までに味わったことのない空間です。勿論、お腹の中に入ったことはないのですが。

建物内部についても、壁、天井は漆喰であり、建具である窓、戸は木製であるなど工業的素材が使われていません。また、床と壁、壁と天井の取り合いはすべてアール仕上げ(角がなく丸みを帯びている)となっており、開かれた窓がないため光は全て人工照明だけであるため、内部についても前記のふたつの美術館とは様相が違います。

この自然に寄生した建物に触れ、包まれるような優しい建築空間を味わいに、美術館『どんぐり』にも是非訪れてみては如何でしょうか。

以上3つの美術館を紹介させて頂きましたが、皆様も建築空間のすばらしさを直接感じ、心を動かされてください。

森と芝生の緑の中にどんぐりをかたどった可愛らしい美術館7.jpg
ねむの木こども美術館「どんぐり」

どんぐりの中から階段を下りて芝生の棟に出ると木々の緑の豊かな様子の写真
「どんぐり」の芝棟

 

どんぐりの藁が練り込まれた外壁の写真
「どんぐり」の藁が塗り込まれた外壁

どんぐりの可愛い外壁と木製の戸が
の写真
「どんぐり」の木製戸

 

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