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第582回 幼少の頃の思い出と農業

更新日: 2016年1月8日
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掛川市農林課長 岡本善英

 子どもの頃、食事中にお茶碗のご飯粒をこぼしたり残したりすると、「目がつぶれるよ。」と言われたことはありませんか。食べものは大切にしないといけないという教えで、お茶わんについている米粒を全部食べました。
 私の家は、父親の代で分家した小さな農家(百姓)でした。田畑は7反位しかありませんが、小さい頃は、毎日のように田畑に連れていかれ、むしろの上で遊んだり、山の中を走り回ったり、ちょびちょびしていたので背負籠の中に入れられたりしました。
 なかでも良く覚えているのは、舗装がされていないガタガタ道を、今のように自家用車もない時代でしたので、リヤカーで(ある時から自転車・カブにリヤカーを着けて)数キロ離れた高瀬地内の高台の茶畑にお茶刈りに行って、お弁当を父母と食べたことです。お箸は、畑の近くに生い茂っている雑木の枝でした。
 また、小学校の時には、農繁休みが数日あり、田植えなどの農作業、夕ご飯を作る手伝いをした覚えがあります。また、小遣いを得る為に縄をなったり、畑からこんにゃく芋を掘ってきて、ひげ(根)をとりきれいにしてこんにゃく屋に売りに行ったこともありました。
 中学生や高校生の頃には、お茶刈り、茶草の運搬、田植え、消毒、稲刈り、稲のはず掛け、もみすり、芋掘り、みかんの収穫などを手伝いました。これらは、良き思い出となっています。
 今、日本の食生活が大きく変わり、お米の消費量が激減しています。お米にかわってパンや麺などを多く食べるようになったからです。私の家でも朝食は、ご飯と味噌汁という定番からパンに移行しています。
 農地は生きていく為に必要な食料の生産以外に、景観の形成や防災、生物の生息地、文化の伝承など、たくさんの大切な働きがあります。
 改めて、農地の働きに感謝しましょう。


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