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建造物

更新日: 2017年2月16日
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市指定文化財 建造物

平成26年3月24日現在
写真 名称 指定
年月日
所在地 所有者 概要
掛川城太鼓櫓掛川城
太鼓櫓
昭和35年
5月31日
掛川掛川市安政元年(1854)の大地震後に二層櫓として再建。時を知らせた大太鼓は、御殿にある。
掛川城蕗の門掛川城
蕗の門
昭和48年
3月28日
掛川円満寺掛川城の内堀(蓮池)畔にあった四脚門で、廃城後の明治5年(1872)円満寺に移築された。
本源寺山門本源寺山門昭和48年
3月28日
西大渕本源寺横須賀城の門を移築したと伝えられる山門で、間口2.9メートル、奥行き1.99メートルの規模。
要寺不開門撰要寺
不開門
昭和48年
3月28日
山崎撰要寺横須賀城の搦手門を移したもので、城内の死者や罪人を出した不浄門であることから、不開門と呼ばれた。
横須賀町番所横須賀
町番所
昭和55年
4月1日
西大渕掛川市安政3年(1856)に建てられた。元は、横須賀城と城下町の境界にあり、人の出入りを監視していた。
大手門番所大手門番所昭和55年
8月20日
城下掛川市掛川城の正面大手門の内側にあり、城内へ出入りする人を調べた。安政元年(1854)の地震で倒壊し、安政6年(1859)に再建された。木造平屋入母屋造桟瓦葺の正面5間、奥行き2間の建物。
普門寺弁財天堂普門寺
弁財天堂
平成10年
11月27日
西大渕普門寺嘉永3年(1850)、諏訪立川流の立川(宮坂)昌敬の建設、特に彫刻は見事である。
八所神社旧社殿八所神社
旧社殿
平成10年
11月27日
西大渕普門寺宝永5年(1708)と安永3年(1774)の棟札が残る。宝永5年のものには、大工と寄進者の名がある。
旧日坂宿旅籠「川坂屋」旧日坂宿旅籠「川坂屋」平成13年
2月27日
日坂掛川市旅籠屋として明治の初めごろまで続いた建物。精巧な木組と細かな格子が特徴的である。
旧観音寺石塔「貞和二禩」の銘がある旧観音寺
石塔
「貞和二禩」の銘がある
平成14年
3月26日
上西郷法泉寺銘文にある貞和2年(1346)は北朝年号で、歴史的な資料価値が高く貴重な文化財となっている。
 吉岡彌生移築生家吉岡彌生
移築生家
平成16年
4月8日
下土方掛川市郷土の偉人「吉岡彌生」の生家を移築したもので、江戸時代から続く土方村の鷲山医院。ここで生まれ育ち東京で女医となり、東京女子医科大学を創設する。
貞永寺本堂貞永寺本堂平成17年
2月4日
大坂貞永寺臨済宗寺院本堂に顕著な大型の方丈建築。江戸時代前期の様式を基調とし、造営時期を特徴付ける細部意匠もよく戻り、内陣では新たな須弥壇形式を採るなど、方丈形式の変遷課程を示す遺構として貴重。
ゲイスベルト・ヘンミィ墓ゲイスベルト・ヘンミィ墓平成18年
2月24日
仁藤町天然寺旧オランダ東インド会社の商館長で寛政10年(1798)3月に将軍家
斉に謁見し、4月に掛川宿本陣へ投宿。24日に死去、25日に天然寺に葬られた。墓石は蒲鉾形で、当時のオランダ人墓の意匠を現在に伝える。
竹の丸(旧松本家住宅)主屋1棟、離れ1棟竹の丸
(旧松本家住宅)
主屋1棟、離れ1棟、土蔵2棟、米蔵1棟、番屋1棟
平成19年
1月30日

追加指定:
平成20年
5月29日
掛川掛川市江戸時代より続く葛布問屋で、掛川藩御用達を務めた豪商である。主屋は明治36年に築造され、桁行九間半梁行七間の平屋建寄棟造である。離れは大正末期から昭和初期にかけて平屋建から二階建に増築されている。いずれも近代豪商住宅の様相を今に伝える貴重な建造物である。
旧日坂宿旅籠「川坂屋」茶室旧日坂宿旅籠「川坂屋」茶室平成19年
1月30日
日坂掛川市江戸後期に掛川藩主太田資順が西南郷久保沢の偕楽園内に建て、明治初期、太田侯が掛川を離れるに伴い旧東海道日坂宿川坂屋に譲られ、当屋敷地内に移築されたものである。戦後、解体され保管されていたが、平成15年に当初の状態に再建された。この茶室は歴史的にも幕末建築としても価値があり貴重な建造物である。

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部署: 掛川市教育委員会 社会教育課 文化財係
TEL: 0537-21-1158FAX: 0537-21-1222
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