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神田祭への参加

2021年8月3日

神田神社遷座400年記念の神田祭に横須賀の祢里が里帰り!

華やかな祢里と法被をた大勢の人たちが舞を踊る様子
平成27年神田祭参加時の様子

平成27年5月9日(土曜日)・10日(日曜日)に開催された神田神社鎮座400年記念の「神田祭」(東京)に、遠州横須賀の西田町(に組)と河原町(か組)の2町が江戸へ里帰りを果たしました!

平成27年神田神社遷座400年記念神田祭特別参加の風景

 

平成27年5月 神田祭に横須賀の祢里2台の参加決定!!

提灯に明かりをともした祢里とそれを取り囲む法被姿の大勢の人々
平成8年神田祭参加時の様子

平成27年5月9日(土曜日)・10日(日曜日)に開催される神田神社鎮座400年記念の「神田祭」(東京)に、遠州横須賀の西田町(に組)と河原町(か組)の2町がお江戸へ里帰りすることになりました。
神田祭への里帰りは、平成8年、平成11年に続き、16年ぶり3回目となります。
河原町は、平成6年の京都「平安建都1200年記念『全国祇園祭山笠巡行』」、平成15年「江戸開府400年記念 江戸天下祭」への参加経験がありますが、西田町は今回が初めての遠征となります。今後、2町で実行委員会を組織し、参加の準備を進めていくと思われます。
また、この機会に観光PRを図るべく、掛川観光協会大須賀支部などで「(仮称)三熊野神社大祭PR実行委員会」を組織し、今後、PR方法などを検討していきます。

 

横須賀の祢里と神田祭のつながり

2台の祢里と通りを埋め尽くす法被姿の人々
平成11年神田祭参加時の様子

江戸天下祭の流れを汲む「三熊野神社大祭」は享保年間、第14代遠州横須賀城主・西尾隠岐守忠尚公によって、当時の「江戸天下祭」が当地・横須賀へ伝えられたと言われています。
横須賀の祢里の形態は、「一本柱万度型」と呼ばれ、江戸城の大手門をくぐれるように考えられています。というのも、この祢里と同様のものが、江戸中期の天下祭を描いた「神田明神祭礼絵巻」の中に見ることができます。
江戸時代、日枝神社の山王祭と、神田明神の神田祭の祭礼行列が江戸城へ入城し、これを将軍様も見物したことから「天下祭」と呼ばれました。ここ横須賀の祭りはこの天下祭の流れをくみ、江戸の祭り文化を今に伝えています。
平成8年5月、神田祭に横須賀の2台の祢里が280年の時を越えて里帰りを果たしました。

 

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