掛川市学務課長 中山弘一
皆さんのお宅には沢山の絵本がありますか?
娘や息子が小さい頃には、どこのお宅にも何冊もの絵本があり、読み聞かせをしたのではないでしょうか。『11ぴきのねこ』、『ぐりとぐら』、『14ひきの・・・』シリーズ、『おふろだいすき』『はらぺこあおむし』等々、懐かしく思い出されます。
絵本については、昨年の「かけがわ教育の日」では、ノンフィクション作家で評論家の柳田邦男先生をお迎えし、「子どもの心の発達と絵本」という演題でご講演いただき、絵本の素晴らしさ、読み聞かせの重要性などを教えていただきました。また、掛川市では『こんにちは絵本事業』において、6か月児相談に加え、2歳2か月児健診で絵本を配付する事業が開始され、子どもの育ちにとって重要な乳児期からの継続的な読書活動を効果的に推進しようとしています。
このように、子どもにとって絵本は身近であり、大切なものであることは誰でもガッテンなところですが、50代後半の私にも大切にしている絵本があります。『変わりゆく町』『ちいさいおうち』『カテドラル-最も美しい大聖堂のできあがるまで-』の3冊です。
1冊目は『変わりゆく町』。作者は、スイスの画家イェルク・ミュラー。都市(まち)は生き物だといわれますが、この絵本は1953年から1976年までの20数年間を、ほぼ3年きざみに、ある都市の変貌ぶりを、8枚の折りたたみ絵のセットで描いたものです。大きさは、横85cm、縦31cmで、文章はありません。
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「変わりゆく町」表紙
1953年から1963年
1966年から1976年
1)1953年5月6日
レンガ造りの建物が街並みをつくり、子どもたちは路上やアパートの中庭で遊び、石畳の残る横丁には露店がたつ。道と広場も生活空間の一部となっている。
2)1956年8月16日
歩道で子どもたちが遊び、大人はオープンカフェで飲食をし、路地では人々が集っている。住居も街路も以前と変わりない。しかし、遠くにはクレーンが、屋根にはTVアンテナが立ち、街は景観を変え始めた
3)1959年11月20日
路面電車の走る道路の半分が地下鉄工事のため掘りおこされ、車道に横断歩道や交通標識、歩道には防護柵が設置され、クルマ社会がやってきた。家々の窓や中庭で遊ぶ子どもを見れば、まだ人々の暮らしがそこにある。
4)1963年1月19日
川が埋めたてられ、歴史を重ねた建物が姿を消していく。子どもが遊んでいた中庭から樹木がなくなり、駐車場に。また、地下鉄工事により路面電車が姿を消した。
5)1966年4月17日
古い建物が取り壊されるなか、地下鉄工事のクレーンの向こうに近代的なビルとは違う、歴史を感じる個性ある表情の建物がうかがえる。遠くには山並みが見える。
6)1969年7月14日
高層ビルが建てられ、山並みは見えなくなり、表情のない建物と商業広告看板が目立ちはじめる。子どもたちはお金を払って、遊園地の乗り物で遊んでいる。
7)1972年10月3日
高速道路の工事が始まり、道路はクルマの大渋滞。都市計画に対しての反対のデモなのか?機動隊が出動。住民の姿は見られず、住民の暮らしが感じられず。
8)1976年1月7日
コンクリート造りの建物で埋め尽くされ、高速道路がその間をはしる。穏やかな空気に包まれた街の状況は感じられない。
この絵本について都市計画家の延藤安弘氏は『はじめの方の絵の中には、住む人びとが「私の家」、「私の街」といった環境に対するアイデンティティを感じとっている気配がみられますね。「自分のランドスケープに住み、自分のアイデンティティを確立する権利」は、人間にとって基本的なものだと考えられます。山並みに調和した家並み、材質・主題・時代・人間によって創造された固有の建築様式、窓ごしにみられる花やねこ、道端ににじみ出たくらしのありようなどが、町並みを生みだしていくこと、そして、すぐれた町並みは人びとの感受性を高めてくれる-そんなメッセージをこの一連の絵は投げかけているように思います。』と書いています。
絵本の中の50年代、建物には人々が住むあたたかさがあり、街路には様々に利用される住むにはなくてはならない生活空間がありました。しかし、20数年経った街はどうでしょうか。
この絵本を見て、人々が住む都市とはどうあるべきか、望ましい都市の姿について、いま一度考えてみましょうとのサインが送られているのだと思われます。
2冊目は『ちいさいおうち』。この絵本は、多くの人が読んだことのある、アメリカの絵本作家バージニア・リー・バートンの有名な作品です。
田舎の静かなところの小さな家は何世代にも渡って家族が暮らせるよう建てられましたが、ある日から開発が始まり都市化されて、周りの景色はすっかり変わり、いつの日か、高層ビルの谷間になってしまいました。このようななか、空き家になり老朽化した小さい家を、家主の子孫が田舎の丘の上に移動させたことにより、小さい家は、昔のように人が住み、自然のなかで季節を感じることができるようになりました。
この絵本は『変わりゆく町』の都市の変貌ぶりではなく、田舎の開発、都市化による変貌ぶりが描かれています。田舎の一軒の小さな家は何も変わらないのに、歳月の流れとともに、家のまわりの環境が大きく変わっていきます。主に緑で描かれ、畑、小川、木、鳥、太陽、星が描かれている最初の田舎の風景は、都市化が進むにつれ茶色や灰色の道路や建物が表れ、変貌ぶりが強烈に描かれています。
この絵本を見て、人々が住む現代の都市には何が必要で何が足らないのかについて、考える切っ掛けになると思います。
「 ちいさいおうち」の表紙
田舎のちいさなおうち
都会のちいさなおうち
「カテドラル」の表紙
3冊目は『カテドラル-最も美しい大聖堂のできあがるまで-』。この絵本は、13世紀のフランス、架空の町シュトローに大聖堂(教会堂)が建てられるまでの工程が丁寧に描かれているものです。絵本と言うより教会建築の専門書のようです。物語は、古い大聖堂に雷が落ちて損害を受けたため、市民は100年以上かかっても構わないから、フランスで一番の大聖堂を造ることを決めたことから始まります。多くの職人が集められ、基礎工事が始まり、柱、壁、,屋根、天井ができ、バラ窓が取り付けられ、そして「大聖堂の基礎を作った人の孫にあたる人びとは、きわめて大きな畏敬の念と崇高な喜びに満たされました。86年間、町の人びとはひとつの目標に向かって進み、ついにこれにたどりついたのです。」と完成します。
現在の建築は、機械の力を利用し短期間で大きな建物を建ててしまいますが、この絵本の最後にあるように、市民がひとつの目標に向かい、気持ちをひとつにし、長い年月を掛けても、必要なものを造り上げていくことの大切さ教えてくれています。
私にこの3冊の絵本が、都市(まち)には、建築には何が大切かを振り返って考えるように言ってくれています。