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第717回 大地を潤す「大井川用水」

2018年3月9日更新

掛川市農林課長 高柳和正

大井川右岸土地改良区は、一級河川大井川の右岸、牧之原台地を隔てた菊川市、掛川市、御前崎市、袋井市の4市にわたる約3,500ヘクタールの農地を受益地とする土地改良区で、水稲を中心にレタスやトマトが栽培されるほか、遠州灘に面した畑地帶ではイチゴや温室メロンが栽培されるなど農業生産活動の盛んな地域に位置しています。

この地域は、大井川・天竜川の間に位置するものの旱魃(かんばつ)の常襲地帯であったことから雨水を貯留する小規模なため池を築造し、灌漑(かんがい)用水として利用してきましたが、用水の安定確保を可能とするため、昭和24年に大井川右岸土地改良区の前身である「大井川右岸用水組合」が設立され、国営大井川農業水利事業によって中部電力株式会社川口発電所の放水口から取水し、これに付帯する下流部は県営事業等で施工されることによって、昭和47年までに現在のような用水路の整備が行われ、県内屈指の農業地域が形成されました。

しかし、用水施設の建設から40年以上を経過した今日、施設の老朽化による機能低下や安全性が危惧されるなど再整備が必要となり、組合員の理解等によって大規模な改良工事が行われ、農作物の「命の水」としての役割のみならず防火用水、環境用水など地域用水として大きな役割をも果たしています。

ビニールハウスの中で赤い苺が実っている

ビニールハウスの中で赤いミニトマトが実っている

畑一面にネギが育っている

ビニールハウスの中でメロンが実っている

畑一面にレタスが育っている

田んぼ一面に稲が育っている

大井川用水を使って農作物を栽培している場所の地図

大井川用水の元を作った山崎千三郎

「なんとかして水不足を解消したい」
先祖代々、それは小笠地域の農民たちにとって切実な願いだった。そんな声に応え今から百年以上も前の明治時代の中ごろに、大井川から小笠に水を引く計画を立てた人がいました。佐野郡南西郷村(現在の掛川市南西郷)の実業家、山崎千三郎です。

「千三郎の道楽構想」などと言って笑う人もいましたが、山崎千三郎は自分の財産をなげうって、実地の測量を行いました。その結果、明治21年にできあがった「大井川疏水計画」は、大井川から取り入れた水が、途中の川は水路橋でわたり、牧之原台地をトンネルでくぐり抜けるなど、とても大胆なものでした。

この計画には莫大な費用が掛かるため、残念ながら実現はしませんでした。けれども、山崎千三郎の努力は、無駄になりませんでした。およそ60年後の昭和22年に始まった「大井川用水計画」に疏水計画のアイデアの多くが生かされました。

【大池調整池】
大池調整池の全体の様子

【山崎千三郎】
山崎千三郎の顔写真

 

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