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八坂神社祇園祭の民話

うす暗闇の中、八坂神社の神輿が氏子区域内をまわる
神輿渡御

八坂神社の祭神は女性で、青谷の里(青谷旧社)がなつかしく、年に一度の里帰りを待ちこがれている。
祭神は、若衆による「わっしょいわっしょい」の掛け声とともに八坂神社から青谷の里に帰る。
途中、岩稲成様には叔母神がおいでになり、立ち寄ると在所に帰るのが遅くなるので行列は提灯の火を消し声をひそめて静かに通り過ぎる。
また、伯父神がいるとされる一本松にはあいさつに立ち寄り休憩するが、子供達が松の葉を投げつけて早く行けと急かされると伝えられている。

 

祭神を迎えるために設置された笹竹で作った御仮屋
御仮屋

里帰り先の青谷の里では、笹竹で作った御仮屋を設け、祭神を迎える。
祭神は、御仮屋にて大石の蓮池の蓮から取った糸を紡ぎはたを織るが、いまだ片袖が織り終わらぬうちに七日が過ぎ、青谷の里をお発ちにならなくてはならず、泣く泣く帰路につく。
このため八坂神社は「泣き宮」とも呼ばれている。悲しむ祭神を元気づけるため八坂神社への環御は賑やかに行われる。

 

宵宮(夜宮行事)に山車が満勝寺に参拝することになったいきさつ一説にはその昔、中村の祇園祭の山車が海戸前の二丁ごしにさしかかったとき、たまたま参勤交代で通りかかった横須賀城主が「山車の高いところから行列を見下ろすとは無礼」と大変ご立腹された。
村人達は満勝寺に逃げ込んで住職に助けをもとめた。当時、満勝寺は十万石の格式を持っていたので「横須賀様、祭のことなので勘弁してやってください」と口添えをしてくださり事なきを得たと伝えられている。
また一説には、幕府から贅沢禁止令が出ている時に祇園祭を行い、横須賀様のお叱りを受けたとき、満勝寺の住職が詫びて事なきを得たとも言われている。
いずれにしても、こうしたことに対する満勝寺への感謝の意味で宵宮に参拝することになったと伝えられている。

参考文献

中村八坂神社の神事と祇園囃子の記録(昭和62年10月 八坂神社神事と祇園囃子保存会)

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