モデルコース

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塩の道「掛川」

モデルコース概要

その昔、まだ国という概念が明確でなかった頃、沿岸部から内陸部に向かって塩を運んだ道が全国にたくさんありました。
日本の代表的な塩の道のひとつに、静岡県牧之原市相良から掛川市を抜けて、新潟県糸魚川市へと続く道があります。その一部は「秋葉街道」とも呼ばれ、秋葉神社への信仰の道としても栄えていました。
その道の中から塩の道「掛川」として、応声教院から戸綿駅までのウォーキングルートをご紹介します。
秋葉常夜灯

秋葉常夜灯

ルートポイント紹介

1

応声教院(菊川市)

斉衡2年(855年)、文徳天皇の勅願所として建立された浄土宗知恩院の本寺です。
国の重要文化財に指定されています。
2

祠とイチョウ(菊川市)

木の祠と大きなイチョウの木があります。 
3

庚申堂と秋葉常夜灯

庚申信仰の名残を見ることができます。庚申とは干支の組み合わせのひとつで、人の身についている三尸(さんし)が人の眠りに乗じて、その罪を天帝に告げたり人の命を短くしたりするといわれ、それを防ぐために庚申の夜は眠らないで過ごしていました。
4

塩屋跡

その昔、塩は生活の重要素材として扱われてきました。かつて塩問屋だった家が残されています。
道を挟んで流れる上小笠川に専用の河岸を設けて、相良から舟運によって運ばれた塩などの河岸上げしていたようです。
5

暗闇坂

ロウソクやランプしか知らなかった人々は、この坂を暗闇坂と名付けたそうです。
6

板沢神社

神社前には常夜灯があります。
7

陣場峠

かつてこの場所は青田嶺と呼ばれていました。永禄11年(1568年)に徳川家康が掛川城を攻めた際、ここに陣を置いたため「陣場峠」と呼ばれるようになりました。
展望が良く、掛川市街を望むことができます。
8

七曲がり

ちょうど7つの曲がりがあることから「七曲がり」と呼ばれています。
9

東番所跡

掛川宿内の治安維持のため、街道の東西に番所が設けられていました。かつて旅人が宿内に入るには、ここで検問を受けなくてはなりませんでした。
10

高札場跡

高札場とは、幕府や領主が決めた法度や掟書などを高札と呼ばれる木の札に記して、掲示しておく場所のことです。多くの人の目につくように、村の中心や主要な街道が交錯する交差点といった人通りの多い場所に設置されていました。
11

キリシタン燈籠(大日寺)

キリシタン燈籠
明治初頭、大日寺の東側を通る「塩の道」の路傍に埋もれていたキリシタン燈籠が見つかり、寺の境内に安置されました。
燈籠は高さ約1メートルの織部灯篭の型で、竿石には婦人像が浮き彫りになっており、江戸中期につくられたものだといわれています。
市の文化財に指定されています。
市指定文化財 史跡
12

小貫屋(塩問屋跡)

当時この周辺には、相良方面から運ばれてきた塩を扱う塩問屋が、6軒あったと記録に残されています。
現在は塩町という地名が残り、かつて塩問屋だった小貫屋は現在コンビニエンスストアとなっています。
13

水天宮

安徳天皇ゆかりの水天宮であり、東京水天宮の分霊の地です。
隣は公園になっており、大きな楠があります。
14

蕗の門(円満寺)

蕗の門
蕗の門は、かつて掛川城内にあり、城外・侍町より、本丸・二の丸・三の丸の要所を結んでいました。
廃城後の明治5年(1872年)、円満寺が買い受けて現在地に移築されました。
市の文化財に指定されています。
市指定文化財 建造物
15

十九首塚

平将門十九首塚
天慶3年(940年)、藤原秀郷が平将門一門19名を討伐してその首を弔った塚と伝えられています。
平将門十九首塚
16

道標(秋葉山遥拝所)

秋葉山遥拝所脇に設置されています。
かつては秋葉街道の入口として見上げるような大鳥居が建てられていたと伝えられ、歌川広重の「秋葉道追分之図」にも描かれています。
秋葉神社(掛川遥拝所)
17

福来寺

200年程前に現在地に建立したと伝えられています。
寺の前には常夜灯があります。
18

宇洞トンネル

塩の道は本来、このトンネル手前から北へ入り、高藤城(殿谷城)址の下を通って、若一王子神社前へと続いていました。この道は現在ゴルフ場となっており、通行できないため、現在は宇洞トンネルを通って細谷地区から北へ向かいます。
19

長福寺

神亀3年(726年)に行基菩薩が開創したとされる古い歴史を持つお寺です。
昔ばなし「長福寺の鐘」に登場する鐘は現在、奈良県吉野郡にある大峰山寺に置かれ、国の重要文化財に指定されています。
20

最福寺

永享12年(1440年)に開創されたお寺です。境内入口に秋葉常夜灯があります。

地図

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