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第716回 掛川三城が登場する歴史小説

2018年3月2日更新

掛川市図書館長 奥野寿夫

掛川市の図書館3館を巡った「掛川三城ものがたり展」も無事終了し、延べ1万3千人を超す来場者がありました。来場していただいた皆様、ご協力をいただいた皆様に感謝申し上げます。

掛川城のジオラマを見ている女の人と男の子と女の子

掛川三城については、第708回で松浦子ども希望課長が書いたばかりで、城郭研究者としても知られる戸塚IT政策課長も何度か書いています(第593回第603回第669回)。
なので、いまさらとは思いますが、歴史小説から掛川三城に親しんでいただければと思い、掛川三城が登場する歴史小説を紹介します。いずれも、掛川市立図書館所蔵の本なので、ぜひ借りて読んでみてください。
同じ人物、事件でも、作家によってさまざまな解釈、表現があります。

高天神城

高天神城跡、田んぼ。

高天神城は三城の中では最も歴史の古い城であり、今川から徳川へと降った後、天正2年(1574年)に武田勝頼が攻め落とし、その後天正9年(1581年)に徳川家康が奪い返すという激しいたたかいの舞台となった城です。武田勝頼が降伏させた後およそ7年間石牢に投獄された大河内源三郎や甲斐に脱出した横田甚五郎などの逸話も残され、多くの歴史小説の題材とされてきました。

井上靖『高天神城』(1957年)。「井上靖全集第5巻」収録。孕石主水と大河内源三郎、徳川家康の確執に焦点を当てた短編です。
山岡荘八『徳川家康』(1967年)。高天神城のたたかいは「颶風の巻」にあります。直接の戦の描写はなく、牢内にいた大河内源三郎の視点から描かれています。
清水達也『あやうし、高天神』(1981年)。子どもむけの小説で、高天神城をめぐるたたかいがわかりやすく描かれています。
三戸岡道夫『秋風高天神城』(1997年)。高天神城主の小笠原長忠を主人公にした小説ですが、高天神城だけでなく掛川城や横須賀城のことも書かれ、家康が浜松城にいた頃の掛川三城のことがよくわかります。迫力ある合戦やそれぞれの心情の描写に引き込まれます。
津村陽『暗殺の城(上・下)』(1998年)。高天神城をめぐるたたかいで家康に見殺しにされた小笠原家の家臣匂坂牛之助の娘が、武田方の忍びとして家康に復讐を図る物語です。
安部龍太郎『家康 不惑篇』(2017年新聞連載)。高天神城の奪還は、家康にとって正室と嫡男を奪った武田勝頼への復讐だったとして、じっくり攻める様子が詳細に描かれています。昨年『静岡新聞』に連載されました。発刊が待たれます。

掛川城

満開の桜の奥に掛川城がある

掛川城は、戦国大名今川氏の重臣朝比奈氏の居城でした。今川氏の滅亡後家康も武田軍に対して重臣石川家成を配しましたが、家康が関東に移ると豊臣恩顧の家臣山内一豊が入封しました。一豊は掛川城を天守を持つ近世の城に整備し、城下町も整備しました。関ヶ原の戦いに先立ち、掛川城主山内一豊は率先して家康に城を提供し、東軍のたたかいを有利にすすめるという重要な役割を果たしました。

田宮虎彦『鷺』(1953年)。慶長8年(1603年)、上洛する家康を掛川城主松平定勝と定吉の親子が千浜の砂丘でもてなしていたとき、飛び立った鷺を射落としたことから定吉は自害することになります。下俣に定勝が定吉を供養するために築いた遠江塚があり、真如寺(神明町)に定勝が描かせた定吉の画像が伝わっています。
司馬遼太郎『功名が辻』(1965年)。一豊と千代の出会いから最期まで、戦乱の中を生きぬいた二人の姿を描きます。平成18年(2006年)のNHK大河ドラマの原作となりました。
永井路子『一豊の妻』(1972年)。内助の功で知られる一豊と千代の「実像」が、著者なりの解釈でユーモラスに描かれています。
大栗丹後『一豊と千代』(2005年)。一豊と千代が出会う前の少年期、青年期を主題に描かれ、いくさ続きで損傷した掛川城の修築と城下町の整備造成についても触れられています。『風の峠-武将山内一豊と千代』(2000年)に加筆、改題したもの。
岳真也『山内一豊』(2005年)。一豊の生涯を少年期から描いています。
篠綾子『山内一豊と千代』(2005年)。夫婦愛だけではない千代を中心にした物語です。

横須賀城

沢山の石垣が並んでいる

横須賀城は、家康が高天神城奪還とその後の領国経営のために築いた城です。江戸時代は横須賀藩として繁栄しました。

中村豊秀『紀州与力騒動』(1985年)。家康が横須賀城の大須賀康高のもとに派遣した家臣たちは「横須賀組」「横須賀党」「横須賀衆」「先手衆」などと呼ばれ、勇猛果敢な戦いぶりで知られました。しかし戦国時代は終わり、大須賀家の絶家、紀州への移封など彼らを取り巻く環境は大きく変わります。紀州に与力として移封された横須賀組のその後を描いた作品です。
堀内永人『家康と凧狂いの右近』(2012年)。元和9年(1623年)、水不足に悩む農民のため嶺田用水の建設を幕府に越訴して実現させた横須賀領城東郡嶺田村(現菊川市嶺田)の中条右近と家康の物語です。著者は掛川市出身。

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